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世界の国歌の中でも南アフリカの国歌はとても変わっています。
国内で話されている合計11個の公用語のうち最も話される5つが1つの歌に統合されている。
それは国内の全ての人種的・言語的集団が共に協調して暮らせるようにという望みを反映しています。
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この国歌は1997年に使われ始めたが、この時人種間の協調という経験は実際のところ南アフリカでは始まったばかりでした。
17世紀中期にヨーロッパの植民地としてこの国が始まってから1990年代半ばまではずっと,異なる人種はそれぞれ完全に隔離して暮らしていました。
1948年以降,この人種隔離は「アパルトヘイト」として知られる制度の中で法律となりました。
アパルトヘイトのもとでは,住民は公式に特定の集団,つまり,白人,黒人,(混血の)有色人種に分けられて,指定された地域に住むことを法律で強制されていました。
それ以降の数年間,病院,学校,公共交通機関,公園庭園つまり,国の設備すべてが分けられ,人種ごとに割り当てられました。
そして例外なく,黒人は最低の待遇を与えられました。
アパルトヘイトは厳格に,しばしば暴力を用いて施行され,永久に続く状況だと長い間思われていました。
しかし,黒人の活動家などの側の長年にわたる闘争と国際的な強い圧力により,その後ついに自由選挙が行われ,全ての人種集団が投票することを許されました。
1991年にやっとアパルトヘイト体制が終わり,1994年に南アフリカは初の黒人大統領,ネルソン・マンデラを迎えました。
3年後,マンデラ政権は新しい国歌を導入しました。
国歌が組み合わせる言語は先住民族の言語であるコーサ語,ズールー語,ソト語と,あとから来たヨーロッパ移民の言語であるアフリカーンス語と英語です。
これは注目すべき組み合わせです。
始まりの歌詞はコーサ語で,有名な黒人解放歌から引用されています。
アフリカーンス語の節はアパルトヘイト時代に使われていた国歌にあったものです。
しかし,マンデラは言葉の力をよく知っていました。
彼はかつてこう言いました。「その人が知っている言語で話しかければ,それは頭に入る。その人の母語で話しかければ,それは心に届く。」
彼の希望は,新しい国歌がすべての人の心を動かし,共に歌われたならば,南アフリカに和合と平和をもたらすことでした。

南アフリカはアフリカ大陸最南端に位置する

あらゆる施設で人種分けがなされていた
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残念なことに,これはこれまでいつもそうだったというわけではありません。
国歌はしばしばラグビーやサッカー,クリケットの試合の開始時に歌われます。
しかし,選手も観衆も,ある節は歌うのに他の節はとばすということが時々見られます。
黒人はアフリカ-ンス語や英語の節を飛ばしたり,白人はコーサ語やズールー語やソト語の節を抜かしたりするのです。
この理由の1つには,国歌に使われている自分たちの母語ではない言語がわからず,習ったこともない人がいるからです。
また,中には強く反対している人たちもいます。
つまり,白人は黒人解放戦士の歌詞を歌うことに反対し,黒人はアパルトヘイト時代の古い国歌にある歌詞を歌うことに反対しているのです。
2009年に,南アフリカの最も有名な人気歌手の1人,タンディスワ・マズワイは全国青年の日の催しで国歌のアフリカーンス語の部分を歌うことを拒否しました。
彼女は「この土地とそこに住む人々から,すべての真価と誇りを組織的に奪った」文化を思い出させるので,国歌のその部分が嫌いであるとさえ言いました。
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国歌に反映されている人種間の協調と平和への希望にもかかわらず,南アフリカは団結した社会にはほど遠いというのが事実です。
各人種はもはや法律によって分離はされていませんが,黒人と白人,そして有色人種はいまだにまったく切り離された生活を送っているように見えます。
2010年,南アフリカ正義和解研究所が国内の人種関係についての調査を行いました。
その調査で,通常の仕事の日には,42%もの人々が異なる人種の誰かと話すことは「ほとんどない」か「まったくない」と述べていることがわかりました。
このようにコミュニケーションがほとんどない状況では,全部で62%の南アフリカの人々が他の人種の慣習や生活様式を「理解するのが難しい」と思うと述べたことは少しも驚くことではありません。
この理解不足こそが関係の改善を難しくしているのです。
この調査では,47%の人々が人種関係は1994年以降改善したと思っているけれども,30%の人々は変化はないと,そして21%もの人々がさらに悪くなったと思っていることが明らかになりました。
人種間の軋轢(あつれき)の根本的な理由の1つは人種グループ間に今もまだ存在する根強い不平等です。
黒人は社会の中で最も貧困な集団のままです。南アフリカの人種関係研究所が行った最近の調査によると,15歳から24歳までの南アフリカ人の51%が失業中でした。
しかし,南アフリカの若い黒人では57%が失業しており,若い有色人種では47%が仕事のない状態でした。白人の数字はずっと低く21%でした。
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人種間の不平等とあつれきをなくすことは,とりわけこのような長く悲しい歴史のあとでは決して簡単ではありません。
それでは,南アフリカの国歌の歌詞は和合と平和という考えに対して単に口先だけ賛同しているということなのでしょうか。
ありがたいことに,これはそうではなさそうです。
既述した南アフリカ正義和解研究所の調査の中に,未来の人種差別撤廃についての質問に対する興味深い答えがいくつかありました。
(アパルトヘイトのもとでは不法であった)異人種間の結婚に関して,53%の人々が今では「賛成する」あるいは「強く賛成する」と述べたのです。
約70%の人々が多民族の居住区に住むことに,76%が人種差別のない学校に賛同しています。
変化は起こりうるように思われます。
国歌はまだ人種的に統合された南アフリカを反映してはいませんが,国歌により確かに,人種や言語に関係なく,南アフリカ人の国民としての誇りに関心が向くようになりました。
国歌が歌われる時に黙っている人たちもいますが,すべての節のすべての歌詞をちゃんと知っているようにしている人も多くいます。
南アフリカ芸術文化省のテンバ・マバソはかつて,言葉についてのネルソン・マンデラの意見を繰り返し,「国のあらゆる象徴の中で,国歌こそが心情的に人々がつながっている象徴であることを私たちは見出したのだ。」 と述べました。
分離と不平等はいまだに問題であるかもしれませんが,南アフリカの国歌に表現されている希望は生き続けています。

国歌斉唱をする南アフリカ代表たち