NEW TREASURE STAGE5 LESSON8 Laboratory Animals Go Hi-tech 和訳

Section1

研究室で動物を使うことは,医学・医療研究には不可欠な要素なのです。

人間の命があまりに大きな危険にさらされそうな場合,薬品や治療の効果は最初に動物で実験されます。医学研究の歴史を振り返ってみると,高血圧や動脈硬化の治療法も,糖尿病を管理するためのインスリンの発見も,動物実験によって可能になった画期的進歩のいくつかにすぎないのです。動物に害を加える研究に異議を唱える人もいる一方で, 医学においてきわめて重要な多くの業績が,動物実験なしでは得られなかっただろうということに疑いの余地はほとんどありません。

 

Section2

過去数十年の間に, 医学研究用の動物飼育が大きく進歩したことにより, これまでにも増して大きな恩恵がもたらされました。研究者たちが,実験に使うための,特定の遺伝的特徴を持つ動物の繁殖に成功したのです。彼らはその成果を「ノックアウト」 と呼んでいます。生物学では「ノックアウト」 とは,生物にもともと存在する遺伝子を不活性化された遺伝子に組み換えることを指します。生物内部の各遺伝子は,独自の機能を持っています。完全に機能している遺伝子を持つ動物と, ノックアウトされた遺伝子を持つ動物を比較することで,研究者たちはその特定の遺伝子の機能がどういうものか, より正確に突き止めることができるのです。

例えば, ある研究者が,病気Xは遺伝子Aが正しく機能しない場合に引き起こされるという考えを持っているかもしれません。

その仮説を検証するために,研究者なら正常に機能する遺伝子Aを持つ動物を,その遺伝子が不活性化,すなわちノックアウトされているもう1匹の動物とともに用意するでしょう。遺伝子Aを持たない動物が病気Xにかかって,遺伝子Aのある動物が健康でいるなら,研究者の最初の仮説が正しい可能性はより大きくなります。

Section3

長年にわたって, この種の遺伝子研究では主にマウスが使われてきました。初めてのノックアウトマウスは, 1989年に遺伝学者のマリオ・R・カペッキ,マーティン・J・エヴァンズ,オリヴァー・スミティーズによって開発されました。 この3人の遺伝学者たちの成果は, 2007年にノーベル生理学・医学賞を受賞しています。

 

図解に見られるように, ノックアウトマウスは機能しない遺伝子を最初にマウスに移植することで作られます。このマウスは特定の遺伝子がノックアウトされた子を産みます。これらのマウスを他の正常なマウスと交配させることで,科学者らは何世代にもわたってノックアウトマウスを産み出すことができるのです。

 

Section4

ノックアウトマウスの成功に続き,生物学者たちはこれに加えてノックアウトされた遺伝子を持つラットを作り出そうとしました。その理由は,ラットのほうが人間の病気の研究に役立つからです。マウス, ラット,そして人間はおよそ99パーセント同じ遺伝子を共有していますが, ラットのほうが多くの点で人間に似ています。 1つには, ラットの心拍数は1分間に300回前後で,マウスの心拍数(1分間に700回) よりも人間の心拍数(1分間に70回)に近いということがあります。またラットはマウスよりも賢いと考えられているので,そのことが人間の認知症やアルツハイマー病の研究にラットをいっそう適したものにしています。そのうえ, ラットはマウスよりもおよそ14センチメートル体が大きく,研究者がより扱いやすい大きさなのです。

 

Section5

研究者たちは, ノックアウトラットが医学をさらに前進させることになるだろうと考えました。 ところが, ノックアウトマウスを生み出した手順は, ラットでは難しすぎることがわかりました。そのため,研究者たちは異なる方法を選びました。 ノックアウトマウスの場合には,不活性化された遺伝子がマウスに移植され,そのマウスの赤ん坊が今度は不活性化された遺伝子を持ちます。 ノックアウトラットの場合, ラット自身が持っている遺伝子の1つが改変されます。 ノックアウトラットを作るために,研究者たちは遺伝子の特定の機能を不活性化させる特殊な酵素を利用しましたが,それはショウジョウバエやゼブラフィッシュでの実験ですでに確立されていた方法です。

 

2009年と2010年に, ウィスコンシン医科大学,南カリフォルニア大学,京都大学などいくつかの大学の研究者たちは, ノックアウトラットの開発に成功したと正式に発表しました。科学界もまたこの開発に関心を寄せました。 2010年12月, アメリカ合衆国の『サイエンス」誌は, これを「今年のめざましい新発見」の1つに挙げました。

 

Section6

こうした進歩により,動物が科学研究所で利用され続けることになる一方で,動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)などの団体からは, この慣行に対して倫理的な立場にもとづく猛反対がいまだに続いています。PETAは,毎年1億匹の動物が,薬品や日用品のための実験で苦しんだり殺されたりしていると主張しています。彼らのウェブサイトには,実験動物の利用に関する以下の見解が載っています。

 

彼らは痛みにぐったりとし,寂しさにうずき, 自由に歩き回ったり頭を働かせたりすることに焦がれている。 ところがどうだろう,彼らは自分たちに行われることになっている, この次にくる恐ろしく苦痛に満ちた行為におののきながら,おとなしく待つことしかできないのだ。

 

これに対して,学術団体は全体として実験での動物の使用を擁護しています。動物を食料に使うのとまったく同じように,人間の健康を含めた食料以外の用途のためには,動物を犠牲にする他に選択の余地はない,と彼らは述べています。また,動物実験を通して開発された薬品は,人間はもちろんのこと動物のためにもなっている,と主張しています。動物保護を推進するために,2人の科学者が1959年に『人道的な実験技術の原則」と呼ばれる著書を出版しました。この著作で,彼らは研究者たちに3つのRを採用するように推奨しました。その3つとは,代替(Replacement)、すなわち可能な場合は動物を用いない方法を利用すること,数の削減(Reduction),使用する動物の数を減らすか,複数の実験で同じ動物を使用すること,そして(実験方法の)改善(Refnement)、痛みや苦しみを軽減する方法を利用することです。この意見書以降,アメリカ合衆国やヨーロッパでは,動物研究にこの3つのRを盛り込むことを義務付ける法律が可決されました。

 

Section7

研究者たちは,動物たちが虐待から守られるように努めると主張する一方で,病気を癒し治療しようと研究を続けています。

実験室での作業が,非常に多数の動物の命を奪ってきたことに議論の余地はありませんが,そうした研究が非常に多数の人間の命を救ってきた可能性もまた極めて高いのです。ノックアウトラットは,医療科学の発展を推進するために,人間が動物に先進の技術を用いてきた方法の1つにすぎません。この技術の創案者たちが望むように,科学者らがパーキンソン病の治療法を見つけるのにこうしたラットが役立つならば,その場合それは人類にとって大きな恩恵となることでしょう。研究方法が進歩し続けるにしたがって,願わくはさらに多くの治療法が見つかってほしいところです。