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1/ 日曜の午後、まばらな拍手と声援がこだまする。
日没後の残照で観衆たちは3人の紳士ををなんとか見えることができる。
おしゃれなスリーピーススーツと高い見栄っ張りなサングラスを着こなすこの男たちは、通りを誇らしげに闊歩する。
しかし、ほこりが舞台を覆い、古びた金属板がその地域のボロボロなコンクリート家屋を覆う。
この町はパリでもロンドンでもない。コンゴ共和国の首都、ブラザビルだ。
さらに、この男たちは本物のファッションモデルではない。
彼らはタクシー運転手、消防士、大工で、ただの普通の町から来た労働者である。
2/ ここ数世紀にわたり、ファッションは人々にとって重要なものへと進化してきたものの、人々の生活に不可欠なものではない。少なくとも、平均月収が2万円で人口の30%ほどが1日に130円しか稼いでいないコンゴ共和国ではそうではない。
それにもかかわらず特定の男集団は他の誰よりもファッションを楽しむ。
彼らは富や名声はないが、ファンシーなスーツとネクタイ
を持っている。
彼らはサペー、自分たちの時間とお金を衣服にかける流行に乗りハデで情熱的な男たちだ。
疑問はこうだ。
なぜ彼らはこのようなライフスタイルを選んだのか?
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3/ サペーであるとは、ファッションについてのことだけ(言っているわけ)ではない。誇りについてもである。
「サペーは優雅であることお全て諦めるだろう。」
これは最初のサペーによって開拓された哲学だ。
彼らは紳士として着飾ることも行動することもしなければならない。
かれらによれば、本当の紳士は良き礼儀、友情の精神、そして最重要である非暴力を雍しなければならない。
4/ サプーのいい例はマクシム・ピボだ。彼はブラザビルでスターだ。彼はそこでおしゃれに働き、若い世代にスプー哲学を広めてもいる。
「どうしてこの子供達と働くことにそんな情熱を注ぐかって?彼らが国の未来だからさ。」とマクシムは言う。
マクシムに影響を受けてきた若きスターの一人がテッドである。
彼はマクシムのところへ行き、彼の弟子になれるにはどうすればいいか彼にたずねた。
それまでかれは無職で、他の十代の人たちのよく喧嘩をしていた。
しかしマクシムは彼を弟子として受け入れた後、テッドはサペー哲学に従いファンシーな服を買う十分なお金を稼ぐために懸命に働いた。
さらに、自身を守るために暴力を使うことはもはやなくなった。
彼はただの問題ばかり起こす「パンク」の一人であったが、今ではネクタイを着飾ったテッドは、内面も外面も綺麗になった。
「ぼくはもう喧嘩しないよ。僕は今はサペーなんだ。それに、僕の服を台無しにしたくないしね。」とテッドは言う。
サペーとしてのテッドのデビューの日、マクシムは良いスーツを着た彼を紹介した。
「もしその子供たちを愛するなら、大人は子供たちにいい振る舞いを見せるべきだ。
良い服は良い習慣を作る助けになるし、人々はそこから学ぶことができる。」
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5/ サペーの歴史は、今日のコンゴ共和国であるアフリカの一部ががフランスに植民地化された時代にまで遥かさかのぼる。
この時代、多くのコンゴ人の人々は夢の都であるパリのスタイルを真似ようとした。
1960年代、多くのコンゴ人の男はフランスへと飛び、その優雅なスタイルを学んだ。
すぐ後、彼らはフォーマルで紳士的なファッションで彼らの母国へと帰った。彼らは最終的に自らのスタイルを開発し、パリのファッションに自らの独特な色と完成を加えることで、ラ・サップと呼ばれる社会的な活動を確立した。
6/ ブラザビルの子供の多くはサペーに憧れている。
もし彼らに「あなたの夢はなに?」と問えば、おそらく彼らは「プロサッカー選手」か「サペー」になりたいと答えるだろう。
彼らは、かつて多くのコンゴ人がパリジャンに見たように、絶対的憧れでサペーを見る。
7/ 世界でもっとも有名なデザイナーの一人にサー・ポール・スミスはサペーから刺激を受けた。
「全てがが容易に可能になるにつれ、今の世界で私たちは自己満足してきた。服は服だ。たとえそれでも、厳しい労働環境に耐え、お金を積み上げるために多くの時間を費やした後に最後には良い服を手に入れるとき、間違いなく変わるはずだ。」
サペーの誇りとスタイルに心を動かされたサー・ポール・スミスは2010年のコレクションでサペーのファッションを身にまといモデルをして、それは大きな成功となった。
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8/ サペーであることは簡単な務めではないのだが。
自分の服を買うためのお金をためるため、彼らは夜明けから夜中なで働かなくてはならない。
世界でもっとも貧困率の高い国の一つで、どのようにしてこのような流行が可能かつ受け入れたりまでしたのだろうか?
紳士のように振舞うことで、サペーは強い新年を表現する。「あなたのいる環境がどれだけひどいものであっても、サペーでいることは誇りをもつための方法だ。人生の中で常に自分の環境を選ぶことはできないが、あなたがどうあるかは選べることができる。」彼らにとって流行の服を着ることは特別な意味を持っている。
舗装されてない通りをフォーマルで高い服で闊歩することは、直接的に彼らの環境をよりよくするものではないが、サペーは日々の生活の中で「生きる喜び」を感じるこのスタイルを選んできた。
この感情はあたなが若いか年よりか、裕福か貧乏かは関係ない。
彼らの信仰と誇りは彼らの国の他の人たちにとって希望のきらめきとなるかもしれない。
サペーの精神は、私たちに疑問を呈する。「どのような人に私たちはなりたいのか?」